出馬が決まった日の話【 山本しん | 広島五区 】

自民党 広島5区 山本しん 演説エピソード抜粋 出馬が決まった日

出馬の話をいただいたのは、先週の土曜日のことです。
本当に、本当に、突然のことでした。

その日、私は小さな子どもと一緒に、イオンモールにおりました。
ポケモンゲームコーナーで、子どもが遊んでいるのを、少し後ろから見ているいつもの休日。

突然、一本の電話が鳴りました。
画面には、見慣れない番号が表示されており、電話に出てみると「岸田です」と名乗られました。

正直に申し上げて、最初は半信半疑でした。
ただ、受話器越しに聞こえてくる話し方、声の調子、言葉の選び方が、テレビで聞き慣れたそのままの口調で、「ああ、ご本人だ」と、すぐに分かりました。

そして、その電話の中で、こう言われました。
「山本さん、故郷の広島の力になってみませんか」

あまりに突然のことで、私は、その場で即答することはできませんでした。
人生に関わる決断です。
家族のこともありますし、何より、まだ小さな子供がいます。

それと同時に、選挙の日程は、もう目の前に迫っていることも知っていました。

岸田元総理には
「一晩考えさせてください」と伝え、家に帰りました。

その日は、なかなか眠れませんでした。
ずっと考えていました。
家族や身内とも話しましたが、言葉はありませんでした。

私をここまで育ててくれたのは、故郷・広島です。

家族が経営するお店が存続していたのは、広島の方々がお店に来てくださっていたからこそです。
ずっと「恩返しをする責任」、いや「恩返しする必要がある」と感じていました。

「いつか、故郷・広島に恩返しができる仕事をせねばならない!」
そう思いながら生きてきた、それが「今なんじゃないのか!」と。

覚悟を決めるしかない!と震える手を握り締めました。

翌朝、出向中の内閣府にあるデスクをそのままにして、退職。
その時着ていたスーツのまま、私は広島に飛びました。

「お父さんどこに行くの?何しに行くの?」と、小さな子どもが追いかけてきます。
この子には、すべて話しても、まだ難しくて理解できないでしょう。

子どもを静かに抱きしめて、今この広島五区に立っております。
厳しい戦いになることは、十分に分かっていました。

しかし、何とかしなければいけない!とみんなが思っているこの広島五区の現状を変えなければならない!
誰かがそれを引き受けなければならないと感じ、覚悟を決め、私は、今ここにいます。

出馬が決まったのは、この衆議院選挙が始まる2日前です。

一晩で決断できたのは、今まで自分がふるさとに貢献せねばとずっと思っていたから、できたのだと思います。

日本の変化を後押ししなければならない。
そして、自民党の期待を一身に背負って、広島五区を背負わねばならない。

公示日の2日前に出馬が決まったにもかかわらず、本当にたくさんの支援を受けることができているのは、決死の覚悟があったから、みなさんが「たすけちゃるか」と集まってくださったのではないかと感じております。

1週間前に無職になりました。
退職をする決意をする時間は、1晩しかありませんでした。
そして、財務省を退職して、無職になってから今日まで、1週間しかたっておりません。

先週の自分は、選挙カーに乗り、広島のみなさんと握手をしているなんて思っていもいませんでした。

しかし、今ここに、広島五区に立つということは、勢いで決めた話ではありません。
そして、誰かに言われたから動いたわけでもありません。

これまで自分が見てきたもの、感じてきたこと、そして、故郷に対する思い。

それらすべてを踏まえた上での、
一つの決断です。

人生を決める大きな決断。
自分の退路を断ち、小さな子どもの、小さなぬくもりをかみしめながら、山本しんは、今この広島五区に立っております。

40歳という若さの新人。
『若さで全力!山本しん!』

このキャッチコピーでみなさまに覚えていただくことから、始めました。
短い選挙期間ですが、全力で走り抜けてまいります。

応援をよろしくお願いいたします!

山本しん

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